南浦駅で降りると、韓国人に劣らず忙しく動き回るロシア船員を駅構内でよく見かける。釜山港で船を下りた彼らは、自分の体ほどの大きなリュックサックを担いで旅行やショッピングを始める。午前9時頃、南浦駅は4カ国の人の群れで一杯だ。国際市場とチャガルチには日本人、中国人、ロシア人、そして韓国人。南浦駅周辺の化粧品ショップの店員は日本語と中国語が上手だ。外国人観光客がA4用紙何枚にも印刷した買い物リストを店員に渡せば、ショップの商品はごっそり運び出されるほど。南浦洞はまさに外国人の街だ。
港に面した南浦洞は行き交う通行人に比べると狭いエリアだ。だから次の観光地へ移動するのに時間があまりかからない。最初は龍頭山。地名は山だが山登りの準備は必要ない。公園までの高さ69mを登るのもエスカレーターですぐに移動できる。龍の頭が海で跳ね上がったような部分は、日本統治時代に消えてしまったが、花時計と釜山タワーは今でも残っている。花時計はかつて、在韓米軍の軍人たちが必ず立ち寄って写真を撮る観光スポットだった。公園の一番上には高さ120mから釜山の全景を360度見渡せる釜山タワーがある。ここは「カップルが行けば別れる」というジンクスがある。だからシングル族には必須コース。釜山タワーの展望台でコーヒーを飲みながら座っていると、すぐ別れそうなカップル数十組があちこち動き回って一緒に写真を撮る光景に出くわす。彼らはジンクスを知らないのか?
エスカレーターと反対の出口から龍頭山公園を出ると、すぐそばに釜山近代歴史館がある。電車とは何か、カメラからポンと光が噴き出す昔の写真館はどんな所なのか、近代の釜山はどんな姿だったのか、ポムネコルの東川の昔の風景など、ここの資料でそれらを見ることができる。他にも、昔の釜山での暮らしの中にあったものが、近代の遺物となってここに収められている。紙でできた六角のマッチ箱や、どうかするとインクが漏れてしまう古い万年筆、服飾や最初のインスタントラーメンも展示されている。私の母は、20代のとき、ヘップバーンのようにトレンチコートのベルトをしめて光復洞に行くと、男性十数人から声をかけられたものだと鼻高々に言った。東光洞の映画館で観た映画をすらすらとそらんじたほどだから、ここに来れば懐かしいに違いない。
歴史館の向かい側に宝水洞本屋通りがある。長さ350m、幅2メートルの狭い路地の両側に古本屋が並ぶ。古本がうず高く積まれた光景を想像するなら誤算。大型書店に劣らない広い売場、カフェテリア、分類別の棚、おしゃれなインテリアの本屋も結構ある。同じ場所で中古書籍を売って60年になるという店主もいる。文学、それ以外の専門図書や参考書は言うまでもなく、マンガを収集するコレクターにとって宝水洞は天国だ。絶版になった漫画もここなら安く買えるからだ。韓国の有名少女漫画家、キム・ジンの<創世記伝>やキム・ヘリンの<広野>も手に入れることができた。市中で見つけるのはとても難しい本なのに、店の言い値も高くない。中華屋でジャージャー麺一杯食べる分の持ち合わせまで使ったせいで、空腹のまま家に帰った。ちなみに'ウリソジョム'という店は書斎のようなつくりで、ブックカフェで手作りヨーグルトを食べながら選んだ本をじっくり読むこともできる。
本屋通りの向かい側に大きな市場がある。長い歴史と伝統がある富平市場だ。朝鮮戦争直後から釜山の運び屋がここに大勢集まって生まれた市場で、今でもしっかりその脈が受け継がれている。富平市場の隣には、巨大な国際市場がある。どうして国際市場という名前がついたかと言うと、米軍部隊から出た缶詰や戦闘糧食がここで売られ、輸入自由化になってからは、海外まで行って化粧品や日用品を運んできては売っていたからだ。今はデパートで売っている輸入物の台所用品や高級食器を半額で買える。インテリア小物や保税服の店が連なる通りもあり、国際市場全体を回るだけで丸一日かかる。日本やカナダから入ってくる古着はお買い得品も多く、うまく選べば新品同様の服が1枚1,000ウォンで買える。
国際市場を一通り回って、地下鉄駅方向に行くとBIFF広場に出る。鳩と食べ物屋台が多いここは、世界の映画の巨匠たちのハンドプリンティングが敷き詰められている。以前は釜山国際映画祭のメイン会場だったのでBIFF広場という名がついた。特にイ・スンギなど韓流スターが食べたホットクの屋台は、買うのに1時間以上並ぶこともある。
地下を通り抜ける代わりに巨大な横断歩道を一つ渡る。リヤカーで商売する人々が往来し易くした横断歩道だ。BIFF広場の前からこの横断歩道を渡って向かい側に行くとチャガルチ市場。騒々しくて活気に満ちたここをあまり好まない釜山の人もいる。呼び込みをする食堂のおばさんたちと目が合えば、「うちで食事して」という声を振り切るのがつらいからだ。チャガルチ市場では、獲れたての新鮮な魚の刺身が食べられる。大きな赤いたらいを並べて魚をおろすおばさんから刺身を買い、指定食堂で副菜や薬味代を人数分だけ払って食べる。美味しい刺身があればおかずは少しでいいし、店ごとに味が違う薬味やタレ、新鮮な野菜と一緒に食べると焼酎一本はあっという間になくなる。
刺身でお腹を満たした後、腹ごなしにゆっくり影島大橋を歩く。影島大橋は一日に二度開閉する。 可動式の橋があるのは韓国でここだけ。海面すれすれに架かったこの橋は、大橋といっても短めの散歩コースのようだ。午前中に影島大橋を歩けば、港町の海の風景を堪能できる。きらめく光と羽を水面に打ち付けるカモメ、汽笛を鳴らしながら戻ってくる漁船、鼻をつく磯の香り。夕暮れどきに行ってもこれほど美しくはない。少しの時間だけ影島大橋を往復し、南浦駅に戻って来る。これで一日が終わる。